映画から見る戦後コミュニティ史 ー僕らは何を失ってきたかー

「オレ保証人なんだけど。。。」 賃貸住宅の保証人制度について考えてみた

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 実は私、2件ほど血縁関係でもない人の家の賃貸契約の保証人になっています。さらに実は、その2件とも借り手とはほぼ音信不通で、時々思い出してはビクビクしております。

 というわけで今回はこの保証人制度の話。アイキャッチ画像はかつて第三回スーパーボウルで「日曜はジェッツが勝つ、俺が保証する(The Jets will win on Sunday, I guarantee it.)」のギャランティ発言で伝説となったジョー・ネイマス。

 家を借りる時に家賃が払えなくなった時の保証人を立てなきゃいけないというのは、家主側のリスクを軽減させる為なのは分かりますが、これは完全に間違った慣習だと思います。
 まず、血縁者がいない人が圧倒的に家を借りづらくなる。いたとしても、万が一の時は保証人側の負担が大きくトラブルになることが多そうです。
 保証人がいない人の為に有料で保証人になってくれる保証会社があります。もやいなどのNPOでは生活に困っている人の為に保証人になる活動をしています。

 

「生活保護なめんな」ジャンパー事件から考える―絶望から生まれつつある希望

「生活保護なめんな」ジャンパー事件から考える―絶望から生まれつつある希望

  • 作者: 尾藤廣喜,雨宮処凛,小久保哲郎,稲葉剛,吉永純,田川英信,渡辺潤,藤藪貴治,橋本真希子,西田真季子,生活保護問題対策全国会議
  • 出版社/メーカー: あけび書房
  • 発売日: 2017/07/22
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)
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 ただ、そういう保証人制度の中で何とかするシステムは次善の策でしょう。
 住居の賃貸契約では保証人を求めてはいけないという法律をつくるべきだと思います。その上で、家主向けの保険を充実させる。家主はその保険費用を家賃に上乗せする。こうすれば賃貸に住んでる人が皆薄く誰かが家賃を払えなくなった時のリスクを引き受けることになります。
 保証人は家を借りてる人みんななわけです。

 早くそんなことになったらいいなぁと日々ビクビクしながら思っております。

昔に関わった土地が西野亮廣のおとぎ町になったと聞いて行ってみた話

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 以前に数人でシェアハウスの活動をしていた時に、ある土地も借りてほしいという話が出ていました。その土地は川沿いの土地で近くにはゴルフ場などがある場所でした。洪水が起きた時の為に何も建てずにしておく川の土手の川側のような場所です。あ、アイキャッチ画像の写真はその場所じゃないですよ。近くの全然違う場所です。
 雑木林のような土地でした。その後、土地の持ち主さんが木を切って整地しました。そこはただの空き地というか原っぱ。自然が豊かというのともちょっと違います。駅からも遠く交通の便も悪い。確か月数万円で借りてほしいという話だったと思います。
 正直、私にこの土地を何かするというアイデアはありませんでした。そういうことは素人ですし、収益を上げる使い道など全く浮かびませんでした。
 そうこうしてる間にシェアハウスの活動からも離れ、その土地の話からも完全に離れました。

 その後、人づてにその土地をキングコング西野亮廣さんが借りるらしいと聞きました。しかもそこでイベントをやるとのこと。

西野亮廣独演会をおとぎ町で、みんなでつくろう! キャンプファイヤーのページ

 私が全く使い道が浮かばなかったあの土地でどんな風にイベントをやるのか。気になった私はこっそり遠くからちょっとだけ見てみることにしました(イベントが3500円なので外からじっくり見るのは悪いと思うので)。
 
 そこで私が見たものは。。。。 原っぱでした。
 キャンプファイヤーのページにあったテントとかはなく、本当にただそのままあの土地があっただけでした。おいおい、それで大丈夫かよと私は思ったのですが、そこでライブが行われていて数十人の観客がいる。Twitterで感想を見たところ、みなさんとても喜んでいて大好評といった感じなのです。
 使い道のないと思われた土地をどう生まれ変わらせて使うのか。おとぎ町の出した答えはそのまま使うことでした。観客参加型にしてお客を巻き込む。交通の便の悪ささえもそこまで歩いていくというイベント要素になっているのかもしれません。
  

 今回のおとぎ町で思い出したのは20年前のとんねるず野猿でした。
 野猿というのはとんねるずが自身の番組のスタッフと結成した音楽ユニットです。とんねるず得意の内輪の冗談みたいなユニットがまさかのバカ売れ。シングルやアルバムがベスト10に入り、大きな会場でのライブもソールドアウトとなりました。
 それを受けて、テレビ評論家のナンシー関が放った一言が「みんなつきあいいいな」でした。 

 

ナンシー関の記憶スケッチアカデミー (角川文庫)

ナンシー関の記憶スケッチアカデミー (角川文庫)

 

 

 私が今回おとぎ町で感じたのはこのナンシー関さんの「みんなつきあいいいな」でした。
 とんねるず野猿はその音楽的な価値より内輪のノリによるファンとの一体感によって並のミュージシャン以上の活躍をしました。
 ネット時代のおとぎ町はクラウドファンディングなどの仕掛けなどが加わっていますが、基本的には野猿と同じこのファンとの一体感によって価値をつくりだすという仕掛けだったと思います。そういった仕掛けをナンシー関さんは「みんなつきあいいいな」と評したのでした。

 あの土地をどう変えていくのかではなく、全く別の価値観で成立させたというのはすごいことだと思います。イベントとしての収益は知る由もないですが、好評だったのだから成功なのでしょう。
 ただ、私は世の中が前よりちょっと嫌いになりました。この「みんなつきあいいいな」システムは強者がその強みを活かしてより強者となるシステムでもあるのです。音楽やエンターテイメントそのものの魅力だけでなく、仕掛けによってファンの求心力を魅力に変換していく。ファンを持っていればいるほど、この仕掛けは力がつきます。
 ネットはこの仕掛けをさらにやりやすくするものでしょう。インターネットというのはもちろん弱者が夢を叶える側面もありますが、強者がより強くなる面も大きいのではないかと思います。

無料電子書籍『不登校を考える  なぜ九十年代に不登校が急増したのか』

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 『不登校を考える  なぜ九十年代に不登校が急増したのか』という電子書籍を書きました。
 長年の学校臨床の経験をまとめるという主旨で書こうとした本ですが、不登校はなぜ増えたのかという問題を考えているうちに当初の構想とは全く違う本になってしまいました。

 全文を無料公開します。もし紙の本にしたいという出版社の方がいましたら連絡ください。
 いきなり長い本読むの面倒くさいという方もいるでしょうから、目次と結論をこの下に載せておきます。興味がわきましたらぜひ全文読んでみてください。。
 
 全文公開のアドレスはこちら。

 

『不登校を考える  なぜ九十年代に不登校が急増したのか』

 

  • 目次

  はじめに


1 不登校ってそもそも何? 不登校の定義論

不登校ウィキペディアで見てみると
不登校と普通の欠席の違い
改めて不登校の項目を見てみる
年間三十日欠席で不登校
昔の不登校は年間三十日じゃなかった
不登校の定義と増加の関係
当事者から見る不登校の定義
不登校の定義はどうあるべきか


2 なぜ九十年代に不登校が激増したのか? 不登校の社会論

九十年以前と以後の学校の変化 
九十年代に中学校に何が起きたのか?
九十年代に社会に何が起きたのか?
九十年代に急増したもう一つのもの
私が将来不安を不登校の原因と考える理由
将来ちゃんとやっていけないかもしれない不安とは何か
奨学金問題から見える進学プレッシャー
就活地獄に見るバブル崩壊後の不安の正体
不登校とトランプ大統領誕生の意外な関係?
九十年代に社会と学校に起きた変化を重ねてみると
不登校の問題化と心化
なぜ自殺は減少したのに不登校の減少は鈍いのか


3 不登校に対してどうあるべきか 社会と学校のこれから論 

社会はどう変わるべきか 不登校ゼロから不登校不安ゼロへ
 生きるベースと正規雇用を切り離す
 働かないと病院に行けない国を変える
 未来に必要な出費を賄う
 現金の支給について
 財源や労働意欲などの問題について
 不登校不安ゼロ社会で雇用はどうなる
 普遍主義こそが不登校対策

学校はどう変わるべきか もう一つの不登校ゼロ
 成績のつけ方を変える
 究極の不登校のなくし方 出席の定義を改める
 スクールカウンセラー改革案 学校と○○を合体させる

九十年代に私の社会改革案を実際にやった国があった!


4 今不登校にあるみなさんへ 不登校の対策論(親編)

最初は無理にでも行かせた方がいい?
不登校になってまず目指すものは
生活リズムや勉強に手をつけるのは大変
何かを変えていく
学校との距離を保とう
学校の先生と何をする?
どこかとつながろう
 スクールカウンセラー
 教育相談センター(教育相談室)
 適応指導教室フリースクール
病院にはいかなきゃダメ?
発達障害についてはどうする?
親子で次の進路の見通しを話し合おう
子どもとのコミュニケーションについて
優良不登校生徒保護者とは
不登校を考える上での注意点(サボりかどうかについて)
成績はどうなる?
進路の選択について
家族の問題に向き合うべき?
学校へ行かないは苦しい
自分の時間を持ちましょう


5 今不登校にあるみなさんへ 不登校の対策論(子ども編)

まず落ち着こう
何かを変えていこう
ゲームについて
ネットやテレビについて
さて、では何をしよう?
体を鍛える?
読書について
勉強について
外とのつながりについて
改めて学校について
進路について
学校以外の通う場所について
学校復帰について
調子が悪い部分について

 

5 結論 不登校はなぜ増えたのか

  後書き

 

  •  結論 不登校はなぜ増えたのか

 不登校とは何か。それを考える上で欠かせないのは、なぜ九十年代後半に不登校が急増したかです。いじめや校内暴力、受験競争、ゆとり教育といった学校特有の問題や変化は九十年代に起きたわけではありません。九十一年に不登校の定義が年間五十日欠席から年間三十日欠席へと変わりましたが、不登校の増加は不登校の枠を広げたせいだけではありません。むしろ定義変更後である九十年代後半に不登校は急増しています。
 実は不登校が急増した九十年代後半は自殺者が急増した時でもありました。自殺者の急増がそうであったように、不登校の急増には不景気による社会不安が影響していると考えられます。九十年代の不景気そのものが悪いというより、雇用などそれまでの社会システムが少しずつ変化していく中で九十年代のバブル崩壊が決定打となって今も社会不安が続いていると考えられます。
 将来ちゃんといけるかが不透明な社会では単に不安が強くなるというだけでなく、学校を卒業することの重要性が増します。それは進学や就職活動、ひいては登校や成績のプレッシャーを上げることでもあります。現在の奨学金問題や就職活動を巡る問題からもそういったものは見ることができます。
 不登校の大きな原因は社会や将来に対する不安であるとすれば、不登校への対策は心理的なケアだけでは不十分です。しかし、九十年代の学校では、不登校定義を広げて深刻さを意識させる不登校の問題化や、スクールカウンセラーの配置等で心の問題として対応しようとする不登校の心化といった対応しかなされませんでした。
 不登校への対策としては、将来に渡って生きていく不安を軽減することが必要となります。不登校や不適応とそうでない線引きをマイルドにするのです。
 社会政策としては、社会保障を一定時間以上働いている人にのみ優遇されているものを全ての人に行き渡らせるように変化すべきです。子育て等の支援を手厚くし、将来への不安を少しでも軽くすることも有効となるでしょう。
 学校の政策も同様の変化が必要です。中学校の現在の成績のつけ方ではある段階を越えると成績がつかなくなり進路等の選択肢が狭まります。どんなに少なくても成績がつくようにし、出席についても今以上に多様な出席を認めることで不登校の不利を軽減する方向へ成績や出席のシステムを変えていくことも有効となるはずです。学校復帰という選択肢も重要ですが、それと同時に学校に行かなくても勉強ができる学習権を保障し、学校に通えなくてもあまり不利になり過ぎないようにする必要があります。
 一見矛盾するように思えるかもしれませんが、個人や家族の心情としても社会システムとしても、不登校でも大丈夫と思えることが不登校問題の改善に何より大事なのです。